予防健康レポート
悪性中皮腫−国の過失による国民病−
@はじめに
今回、予防と健康管理ブロックでアスベスト問題のビデオを見てアスベスト、またアスベストが引き起こす病気に興味を持った。よってアスベストに関連するキーワード「asbestos アスベスト」「tumor marker 腫瘍マーカー」を選び、それに関する論文を読み、レポートを書いた。
Aキーワード
asbestos (石綿) tumor marker(腫瘍マーカー)
腫瘍マーカーとは、がん細胞の目印(マーカー)になる物質の総称である。いいかえると「癌(がん)細胞がつくる物質、またはがん細胞と反応して体内の正常細胞がつくる物質のうちで、それらを血液や組織、排泄物(尿、便)などで検査することが、癌(がん)の診断または治療の目印として役立つもの」と定義することもできる。腫瘍マーカーの検査によって、身体のどの部分にできた癌(がん)か、癌(がん)の細胞はどんな性質か、どの治療が有効か・手術後にとり残しがないか・再発がないかなどを調べることができる。しかし、多くの腫瘍マーカーには、癌(がん)に関係なく増えるなど不確実なところがあり、これだけでがんの有無を診断することはできないが、体内における腫瘍の増殖の度合いや、結果観察・再発のチェックなどに用いられる。
B論文概要
選んだ論文
『Synchronous Pulmonary Carcinoma and Pleural Diffuse
Malignant Mesothelioma』
Timothy Craig Allen, MD, JD;
Cesar Moran, MD
From the Department of
Pathology, The University of Texas Health Center at Tyler, Tyler, Tex (Dr
Allen); and the Department of Pathology, The University of Texas M. D. Anderson
Cancer Center, Houston (Dr Moran)
肺癌と胸膜に広がる悪性中皮腫を同時に患うことは稀である。そこで、過去25年間のベイラー医科大学と過去10年間のM. D.アンダーソン病院での記録を探してみると、肺癌と悪性中皮腫を同時に罹患した症例を3つ確認することができた。それらは16000以上の胸膜肺から、人口統計学、臨床、]線撮影、組織学的、そして免疫組織化学検査から判断された。3人の患者はいずれも、肺癌の手術を受けたことがあり、肺癌のうちの2つは、細気管支肺胞上皮癌であったが、悪性中皮腫は手術前には発見されなかった。悪性中皮腫は組織学的に肺癌の腫瘍と異なっていたので、免疫染色された腫瘍によって診断がついた。
これら2つの癌は、それぞれ独立した危険因子がある患者に起こる。そこで2つの書庫から確認された3つの症例を提示して、それらの特徴、また診断上の問題を確認するために次に述べる。
病理学的診断
患者は63、67、77歳の男性である。患者1・2には喫煙歴があり、患者3の喫煙歴は不明である。また患者1は絶縁体製造工場で働いていて、石綿症に罹患していると診断され、患者2には特に、アスベストの暴露歴はなく、患者3のアスベストの暴露歴は不明であった。3人はともに余命6週以下ということであった。
肺癌についての診断…3人はみな、胸水を有し、胸膜悪性がある疑いがあった。患者1・3は細気管支肺胞上皮癌であると診断された。患者1には胸水があり、肺の右下葉に炎症性の硬化が見られたために、1cmの細気管支肺胞上皮癌であると診断された。患者2は、右上葉に癌が見られ、胸膜下の脂肪組織にまで浸潤していたためにステージ1の早期癌であると診断され、化学療法を受けた。患者3の腫瘍の部位とサイズに関する情報は不明であったが、手術の前に悪性中皮腫の組織診断を受けなかった。
悪性中皮腫についての診断…患者1の悪性中皮腫は上皮にまで浸潤しており、最大14cmの腫瘍であることが分かった。患者2は胸壁を含む、左胸膜と左上葉に及ぶ二相性の悪性中皮腫であった。患者3も左胸膜と左上葉にまで浸潤した二相性の悪性中皮腫であったが、その特定の部位とサイズは不明であった。
組織学的に悪性中皮腫は類上皮細胞が板状、索状に並んでおり、腺房構造を伴っていた。また、腫瘍の壊死が見られ、繊維組織が肺癌巣を取り囲んでおり、壊死のなかには板状に並んだ紡錐形細胞が見られるものもあった。悪性中皮腫は上皮性と非上皮性のニ相性を示すが、上皮性は立方‐円柱状細胞が管腔または乳頭構造を作り、腺癌に類似する。非上皮性は紡錘形細胞からなり、繊維肉腫様である。
肺腺癌と悪性中皮腫の両方ともにケラチンは陽性であった。患者1・2は腺癌に対する免疫染色が陽性であり、癌関連抗原であるB72.3とLeu-M1が陰性であったので、悪性中皮腫であった。患者2はまた、ビメンチンが陽性であったので悪性中皮腫であった。患者3は腺癌に対する免疫染色は行われなかったが、カルレチニンとビメンチンは陽性、癌関連抗原とB72.3が陰性であったので悪性中皮腫であった。
このように悪性中皮腫はまれな腫瘍であり、その2/3以上はアスベスト曝露と関連している。男性により多く、平均年齢60歳である。腫瘍は壁側、臓側いずれの胸膜からも起こり、初期には多発性の結節または斑状で、胸膜繊維化と多量の胸水を伴う。進行するとびまん性に一側肺全体を取り囲み、肺内、横隔膜、胸壁に直接浸潤を呈する。組織学的に定型例は上皮成分と非上皮成分の二相性を示す。いずれか一方が優勢なものは上皮型あるいは非上皮型悪性中皮腫と呼ぶ。上皮型悪性中皮腫を転移性癌(通常、肺癌)から鑑別するには、前者には組織化学的にヒアルロン酸陽性で、電子顕微鏡的に豊富なトノフィラメントや丈の高い微絨毛が存在し、免疫組織化学的にケラチン、ビメンチン、カルレチニン、トロンボジュリンが陽性でCEA、LeuM1は陰性であることなどが有用である。
Cビデオを見ての考察
尼崎市での疫学調査では、石綿関連施設から石綿が飛散した可能性がある55〜74年から01年末まで市内に住んでいた約18万人が対象として、02〜04年に同市で中皮腫で亡くなった42人や全国の中皮腫の死亡率などから、同市では、年代などによって男性の死亡は全国の3.3〜12.1倍、女性は10.4〜14.5倍となった。
またクボタ旧神崎工場など関連工場が集中していた小田地区の女性は全国の29.6〜68.6倍と非常に高く、男性は10.6〜21.1倍だった。
何故このような悲惨なことになってしまったのだろうか。
ヨーロッパでは72年ごろからクロシドライトの輸入禁止が始まり、80年代には多くの国でアスベストはすべて輸入・製造や吹きつけ作業が禁止されていた。また、86年には「クロシドライトの禁止、吹きつけ作業の禁止、可能な場合は代替化を促進する」という内容のILO条約も出ていますが、日本政府は飛散抑制措置や保護具の使用で十分だとしてきました。私はこのような甘い判断が、ヨーロッパと比べて日本の対応が10年〜20年遅れてきた原因だと思う。日本でも石綿肺は1929年、肺がんは60年、悪性中皮腫でも73年に症例が報告されていた。諸外国ではその20〜30年前に症例が報告されており、日本でも行政がアスベストの健康被害を知りうる状況にあったと思われる。にもかかわらず日本の行政はアスベストを放置して、95年にようやく規制に乗り出したわけで、怠慢であるといわざるをえない。
アスベストは製品として使用されている限りは、健康被害を起こさないが、割れたり、壊れたりして製品から粉じんが飛散するようになると健康被害を起こす可能性が出てくる。
問題になっているのは、この前医大の校舎でもアスベスト除去作業が行われていたように、95年以前に建てられたビルや家屋などである。95年まではまったくアスベストに対する規制がなかったためで、よく調査しないとどこにアスベストが使用されているか不明なことが多く、解体したときにアスベストが飛散することが十分に考えられます。建物全部にアスベストが使用されていると考えて対処したほうがよいと思われる。95年1月の阪神・淡路大震災以降もたびたび大きな地震が起こっているが、この際倒壊したビルや家屋から大量のアスベストが飛散していることも考えられる。これらの自然災害による影響を、今後どう考えていくのかも重要な課題だと思われる。国が率先して対策を検討する必要がある。今後は、労災認定基準の該当者を早期に認定することや、認定基準を弾力的に運用して被害者を救済することが求められるだろう。
また、アスベストを扱っていた工場・港湾などの周辺住民の健康被害への医療費補償も必要である。一時的な補償金ですますのではなく、国と企業の責任による継続的な補償が必要だと思われる。
Dまとめ
このように悪性中皮腫という病気は国の怠慢な対応のために引き起こされた。悪性中皮腫はアスベストへの曝露量が多くなればなるほど、あるいはアスベスト曝露からの時間経過が長くなればなるほど発病率が高くなるともいわれている。よって、今後アスベストが原因による肺癌、悪性中皮腫、石綿肺などの患者数は確実に増えると思われる。(ある調査では日本における2000年から2039年までの40年間の死亡者数は、10万人を超えると予測している)。しかし悪性中皮腫は、どのくらい吸い込んだら発病するのかなど、不明な点がまだ多く、日本では治癒の決め手となる早期診断法、効果的治療法についての臨床研究も始まったばかりである。より精度良く早期診断のために新しいマーカーの研究をする必要がある。
アスベスト問題は、今後メタボリックシンドーロムに並ぶ新たな国民病になりえる。よって私たちは日常の診療でそれらを見逃さない取り組みが必要であり、すべての医師がアスベストに対する知識を身につけ、専門医を育成し、相談・検診活動の強化、他団体との連携などが必要不可欠である。今回のレポートでそのことに気づかされた。